月ノ浦執務室

アクセスカウンタ

zoom RSS ● ワンダと巨像

<<   作成日時 : 2011/10/02 15:10   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0



 ICOの製作スタッフによる、ICOの世界と関連は不明の、一応の続編という形でリリースされた。 美しい世界を自由に冒険するというICO独特の雰囲気はスケールを増した。そして今回は敵がでかい!“巨像”と呼ばれる風景に溶け込むほどの大物を相手に戦う。

 ICOに惚れこんで挑んだ今作。物静で独特な世界観を受け継いではいるが、ICOには無かった“迫力”もあったりして、まったく同じゲームとは言えない“変化”を多く感じる。

 ICOよりも増したアクション性。ICOはどちらかと言うとパズルに近かった。ワンダと巨像は、巨像攻略に創意工夫は求められるものの、まっとうなアクションゲームに進化している。アクションシーンにICOのユルさは微塵もない。ただ、時間制限は無いし、体力制ながらダメージを受けることも少なく回復も簡単なので、厳密に言うとそれほど“難しくなった”訳では無いのかもしれない。巨像攻略に求められる“創意工夫”、それがこのゲームの本領である。我が身を非力と感じざるを得ない強大な巨像を前に、いかに報いるか、知恵を絞ってあれこれと試す。悩めば悩むほど大きくなる、その答えを見つけた時の爽快感は、まさにICOに通じる点であろう。

 あまりアクションゲームが得意でない人にも薦められるレベル。そのわりに巨像討伐の迫力は満点で、気持ちとシンクロする巨像討伐中の壮大な音楽も実に素晴らしい。

 しかしながら、“巨大な敵と戦う”ということに特化し過ぎた感を僕は受ける。ステージクリアを繰り返すゲーム、という印象がある。自由に走れる世界の割には目的地がわかりやすく、フィールドとボスバトルのエリアがはっきりと分けられている。戦いの舞台となる場所を探して、行って帰ってくるを繰り返すのだ。そこには自由な世界とは裏腹に、システム的な束縛と制約、狭さを感じてしまう。 そういった点は、ICOの雰囲気をそのままに、まったく違うゲームになっていることを了承してもらいたい。

 しかし、このゲームを真に楽しむには、“ICO的感覚”が不可欠だと思う。巨像を見つけるまでの道中を退屈しないで過ごすには、のんびりと、風景を楽しみながら進むのがいい。時間・効率を意識した“ゲーム感覚”で挑んでしまうと、先に書いた“束縛”を色濃く感じる。このゲームには“自由”が沢山潜んでいる。自分で目的・目標を立てられる人ほど、このゲームを楽しむことが出来るはずだ。
 残り何体の巨像を倒さなくてはいけないのか、その道のりがはっきりしているのもゲームとしては特徴的。ボリュームを隠しがちなゲーム業界であるが、ワンダと巨像は違う。まだ始まったばかりという序盤、ついにここまで来たという中盤、やっとたどり着いたと思える終盤と、物語における“自身の位置”が良くわかる。それを確かめながら、ゆっくりと“ICO的感覚”で進めて欲しい。

 それでも“ゲーム的な”楽しみ方もフォローされている。クリア後に追加される“タイムアタックモード”や、2週目、3週目と続けていける“周回要素”がそれだ。しかし遣り込みしていくのであれば“自分で目標を立てる”ことを必ず求められる。隠し面や隠しエンディングなどはなく、遣り込みに対する明確なリターンがあるゲームで無いことは先に知っておいたほうが良い。

 ただ、普通に周回プレイをしただけではたどり着けない“空中庭園”という場所が存在する。入れない場所に入れる、というただそれだけであるが、これはいかにもシリーズらしい隠し要素だろう。世界に惚れこんだならば、一度は訪れてみたい場所だ。

 PS3版、そしてLimited Boxの発売にあたって、再度プレイしたくなったのはICOよりもこのワンダと巨像だった。巨像討伐、というシンプルな目標と区切り、それ以外の緩さ。少しの時間で、「ちょっと進めてみるか」と気軽に思えるゲーム。過去のやりこみを思い出しながら、過度な攻略情報無しで記憶を頼りに試行錯誤するのも面白い。後からジワジワと良さが解ってきたゲームかもしれない。


 物語はICOの「少年と少女が手を繋いで逃げる」というどこか暖かい話からすれば対象的で、「死んだ愛する人を禁術で蘇らせようとする哀れな男」の悲しい話となっている。

 ICOにあった「手を繋ぐ」システムは、「しがみつく」システムに入れ替わった。パートナーは少女から馬に変わった。

 今思えば、話が少年と少女のお話から、孤独な青年の話になっていることと、このシステムの変化はリンクしている気がする。「繋ぐ」ことから「しがみつく」に変わった事は、システムの肝だけでなく、物語の肝も変わったのではないかと、僕は変な納得を持っている。

 主人公はある意味、見苦しい。身体だけでなく、気持ちが必死に“しがみついている”。見苦しいが、愛する人を生き返らせることが出来るのであれば、それが禁じられた術であっても、間違ってると解っていても縋ってしまう。なんだか実に男性的。ゲーム中、常に“しがみついている”主人公に、力強くもあり見苦しくもある、ある種の“男らしさ”を感じてしまう。

 毎回、巨像討伐後に訪れるなんとも言えない気持ち。倒れる巨像はいつも悲しげで、難敵を倒した達成感よりも、それはどこか喪失感のような気持ちに近い。そうして話が進む程、パワーアップ、ではなく見た目ボロボロに成って行く主人公・ワンダ。このゲームが見せたいのが普通の“英雄譚”でない事が知れる。


 さて、以下物語的なネタバレになりますが…

 禁術によって蘇ったものの、人のそれとは違う命を得、城に取り残された少女。そして禁術の行使という掟を破った青年の受けた罰と呪い。この物語の後、それらはどうなってしまったのか…
 という続きのお話が、ICOである、という解釈があるそうです。ちょっとしっくりこない部分もあるけれど、それを匂わす展開があります。ICOで主人公の少年が始めて見た少女を「守らなきゃ」と直感した理由は、この「ワンダと巨像」の物語の中にあるのかもしれません。


ワンダと巨像
ソニー・コンピュータエンタテインメント
2011-09-22

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ワンダと巨像 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
● ワンダと巨像 月ノ浦執務室/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる