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zoom RSS ● LIMBO

<<   作成日時 : 2011/10/12 01:26   >>

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 「LIMBO」はデンマークの会社による非国産ゲーム。主人公を操り右へ右へと進むアクションゲームであり、一瞬の油断が命取りの「死にゲー」である。光と影を表したモノトーン映像と、デフォルメされたキャラクターなのに“死”を描くシーンの多さから、“残酷な童話世界”といった印象を受ける。他に類を見ない世界観を有する不思議なゲーム。 


 「死にゲー」は、ゲームのひとジャンルと言っても良いかもしれない。プレイヤーがキャラクターを操る、その操り方で成否が問われる「アクションゲーム」というジャンルの内の、さらに細かいジャンル、という位置づけになるだろう。死んではやり直し、死んではやり直し、を成功するまで繰り返して少しずつ先へ先へと進んでいくゲームだ。
 
 失敗=死=やり直し という構造は、ゲームの始祖、ゲームと言うものがとても単純な物であった頃の定型である。アクションゲームだけでなく、シューティングや、場合によってはRPG的なゲームにもその系譜は見られる。失敗=やり直し の間に“死”を挟むのは、プレイヤー側の負けを簡単に示しやり直しを要する、最も解り易い“理由”だったからであろう。初期のゲームはプレイ失敗=死というのは当たり前の事で、この時点では“死”という表現に残酷な印象はなく、またそれを与える必要性も無かった。

 シューティングゲームではプレイヤーが操る機体、自機が敵に撃墜されてしまう事から、残りの機体数、つまりやり直せる数を示す“残機数”という言葉が生まれる。シューティングゲームで無くとも“残機”という概念は用いられていた。時間を戻して話をやり直す、というよりも、主人公の替わりの体があと数体いる、という感覚。初期のゲームのほとんどは、この“残機”のやり繰りで成り立つ。残機が尽きればプレイヤーの負け、なのである。

 その時代の代表的なアクションゲームと言えば「スーパーマリオブラザーズ」。スーパーマリオには残機数を増やすことの出来る「1UPキノコ」があった。1UPという言葉はゲームを越えて広く知れ渡っていた感すらある。

 さらにスーパーマリオには、この1UPを無限に繰り返す「無限1UP」という“裏技”が発見された。アクションゲームの流れはこの技から大きく変わったと思う。“残機が無くなればそれでお仕舞い”、ではなく“何度でもやり直せる”。これにより、言ってみればプレイヤーの“負け”が無くなった。これにより勝ち負けが成り立たず、ゲーム性が無くなる、と思いきや。永遠とやり直せるのであっても、ゲームというものは面白いのだ、とここで皆が気付きだす。際限ない繰り返しの中で、少しずつ進む、というプレイスタイルの面白さが見えてくる。ゲームの難易度はどんどん上がり、コンティニュー機能が当たり前となる。やり直しが可能、“コンティニュー”という発想は、“リセット”と共にゲーム世代の若者の特殊思考と捕らえられるまでに常識化する。

 ゲームの表現力が増し、複雑になっていく中で、ある時点からアクションゲームは、この“単調なやり直し”から抜け出し始めた。何度も死ぬ、というのはリアルな物語的には不適合である為もあろう。アクションゲームの多くは一度の失敗=死ではなくなり、RPGのような“体力ゲージ”が出来始めたりする。マリオシリーズですら体力ゲージを備えたし、社会的な配慮もあって“死”と言う表現を安易に使うのを、ゲームは避けるようになった。


 長い振りでしたが、そんな流れの中、それでも今の時代で“死んでやり直しを繰り返す”というスタイルを突き詰めているのが「死にゲー」と呼べるものではないでしょうか。「LIMBO」は後から「死にゲー」と評価されたと言うよりは、狙って造った真・死にゲー。今の時代にこそ映える、良質な「死にゲー」です。

 プレイヤーの一瞬の油断で一発即死してしまうのが「死にゲー」の特徴。“死んだらやり直し”はルールの型として意味を成すだけでない。「死にゲー」ではこの“死”の見せ方自体に拘りがある様だ。多彩な罠と、それに対する多彩な死に様。特に狙いも無くただリアルで残酷なものもあるけれど、“感傷”に通ずるなんとも言えない“心への響き”がそこには存在する。スプラッターやグロって言うのは程度の差さえあれ、タブーでありながらもどこか人を引き付ける魅力があるからこそ、表現のジャンルとして確立されているのだろう。そんな趣向が「死にゲー」にはある。

 しかし直球すぎる表現では万人には受けないし、あまりに直球では“映像美”にも為りえない。しかし「LIMBO」には表現を柔らかにしている“武器”がある。それが光と影、シルエットで物を描く“モノトーン画面”である。残酷さを確かに表現しながらも、視覚では柔らかに(むしろ美しく)、しかし脳に直接的な刺激を残す、そんな“死の瞬間”を垣間見せている。


 舞台となるのは、深い森のような場所。いつの間にかそこに居た“少年”が思い立ったのは「妹を探すこと」。


 道中に潜む罠による主人公の死、だけでなく、舞台の“森”には色々な生物、生命の“死”が登場する。パズル要素色濃いこのゲームでは、そんな“死”ですら、先へ進む為の道具になってしまう。主人公の“少年”が、黙々と文字通り“屍を越えていく”姿はなんとも言えない。

 深いパズル要素、それに対する操作の単純さ、多くを語らず世界に引き込む造り。主人公が無言で先に進む様など、「ICO」の影響が強いのではないか、と言う人もいる。確かに「ICO」は国内以上に海外のゲーム製作に多くの影響を与えた、と言われているけれど。個人的には知るひとぞ知るフランスの「死にゲー」、「アウターワールド」シリーズの印象に近いと感じる。

 「死にゲー」の魅力のひとつは“観ていて面白い”点であろうと思う。名前を出した「アウターワールド」シリーズ等はネットで無料で見ることが出来る“プレイ動画”で一躍有名になったものだし、それらはあまりのアクション難易度の高さから“プレイするよりも観ているほうが楽しい”と誰もが思うレベルだろう。
 しかし「LIMBO」は腕を競うアクションよりも、頭を使うパズルの要素が色濃い造り。死んでしまった際の再開地点も非常にこまめに設定されていて、操作も単純なので初心者にも十分お勧め出来るレベルだ。アクション要素で言えば、スーパーマリオのほうがよっぽど難しい。一方で秘密のルートを探す“隠し要素”もあるので、上級者であっても遣り込めば十分満足出来るゲームになっている。

 独特の世界観と映像美は観る価値あり。基本音楽無し、なのだけれど、展開に合わせて時々急に挿入してくる音楽も良い。映画的なその演出は、音楽そのものが描く雰囲気だけでなく、再び無音に戻った時のしんとした独特の空気感の演出にも繋がっている。この見せ方は凄い。
 そして何より、このゲームには“活路を見出す為に知恵を絞る”というゲームの“真の魅力”が込められている。観ているだけでも楽しいけれど、“是非プレイして欲しい”と万人に一押し出来るゲームです。


※ こちらはPS3のPSストアにて、1200円でダウンロード販売中也 Xbox360も有


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